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放射能という形而上学

放射能が降っているという情報は地球上で人間だけが「理解」している。猫も鳥もミミズもかえるもタマネギもトマトもケヤキも銀杏も感知してない。生体で感知できないものを人間だけがをデータで20マイクロシーベルトなどと「理解」している。その理解は人間が作ったセンサーで表示しているだけだ。これは哲学ともいえる形而学上の理解である。だから一人ひとりその意味が違ってくる。恐い、恐くない人それぞれである。医学的結果もおそらくまちまちであろう。生物である人間が生物が感知できない世界に踏み込んだ原子力利用、遺伝子組み換えは人間だけに反逆する。人間だけがその罪を知っているから。牛も猫も大豆も魚も原子力と遺伝子組み換えには恐れはしない、ただ作為者人間だけがその罪(影響)を背負う。地球も然り。

# by kimizudo | 2011-06-14 20:17 | 田舎暮らし 

東北震災

http://www.mxtv.co.jp/nishibe/archive.php?show_date=20110319

# by kimizudo | 2011-04-10 20:51 | 田舎暮らし 

統帥

灼熱の中新宿西口で民主党代表候補者の立会演説があった。国民は取り敢えずはどちらかに総理大臣として国政に責任を任せることになる。その主張はそれぞれ良しとしても感じたことがある。SPはもちろろん武器保持のため、司会者も立会人も一歩下がる意味で上着を着用していたが。候補者一方はネクタイもし上着のボタンもしていた。一方は腕まくりの白シャツで腰に手を当てていた。
かって乃木希輔は203高地攻略に多大な犠牲を余儀なくされたがその風貌が悲しみをこらえるとして信をえたともいわれる。東郷元帥は日本海海戦で甲板で微動だにせずその足の裏だけがシブキをのがれたという。司馬遼太郎の創作としても、統帥するということの意味は行為でしか示せないということだろう。
さらに暑い翌日の大阪梅田でも同じであった


じゃんけんは?

# by kimizudo | 2010-09-04 20:41 | 時事雑感 

小さな希望

大きな壁に突き当たってるような時代。今までのシステムが通用しなくなってるのはなんとなく感じている。それが安心、安全を求める根底にあるような気がする。今の利益を求めて活動すると将来の不利益を増大してしまう。国内トップ会社が国際社会で生き残る為にやむをえず社員を解雇すると社会全体が元気がなくなってしまう。景気が悪いから立ち直る為には将来世代に借金を送らなければならない。今の快適な生活を求めて電気を使えば将来世代に解決不可能な核廃棄物を押し付ける。
 部分の利益を追求することが全体の不利益になり、かえって部分の不利益になる。今の利益を追求することが将来の不利益になってしまう。このことは現在の社会経済システムが限界に突き当たったという事ではないのだろうか。民主主義とか自由とかの価値観も含めて。理想を掲げて邁進する人生観も絶対ではなかった。何が原因しているかははっきりとは言えないが、複数の原因が輻輳してることは確かだろう。
 かつて成長・拡大時代の目標は解りやすかった。一所懸命勉強して就職に有利な大学に入学し大企業や役所に入り出世し高給を得て豪邸に住み妻子に恵まれ高級レジャーを楽しむ。研究者となって偉大な発見をし世の中に貢献する。これが疑いも無く今までは人生の目標になり得た。そして自分相応のミニチュア版を求めれば相応に満足できて「幸せ」を感じられた。自分の為に頑張ればそれが家族を幸せにし、会社も業績が上がり社会もよくなる。システムが有効であったから。それが必ずしもそうはならない事態に現在は困惑している。
 おそらくこのような価値観をささえられた一つには経済、人口、食糧、エネルギー等が無限に拡大できると仮定したシステムだからだろう。また全てのものは人間の為に利用してよいという人間優先主義も限界を露呈してきているのだろう。地球は有限であるという現実が人類の前にあらわれてきても経済は成長し続けること、生産は拡大しなければならないことこれをを止められない。人間の為に他の生物や自然を限界を超えて利用しなければ「豊か」になれないシステム。それにに呑みこまれた「幸せ」な生活。私たちは今いか程の厚く高い壁に直面してるのだろうか。

 真面目に働ける場があり、働くことによって家族も、地域も、環境もよりよい関係になってゆくそんな時代が確かにあったのだと思う。そんな地域が在ったのだと思う。それを新たな形で取り戻すためには歩んできた来し方を自分の足元で振り返ってみよう。
 例えば幸い今でも村の農家には縁側があり土間があり囲炉裏炬燵がある。そこは農作業の場でもあった。ここでは暮らしと仕事が融合していた。家族や地域とともに生活や仕事があった。個人が家族や地域や仕事や暮らし等と一体となってあった。今はそれらがそれぞれ離れていくように流れている。バラバラに離れていく現象は村にあっても都市と同じである。これが不安の基底となっている。しかし精神は去ろうとしても「囲炉裏」という形が残っている。形は再創造のきっかけとなりえる。
 そこを見つめながら様々な活動があれば、もしかして流されてゆく「つながり」を引きとめ新しい人の関係、自然との関係が創造できるのではないだろうか。小さな希望である。

# by kimizudo | 2010-08-05 09:06 

100年前を読む

願わくばこれを語りて平地人を戦慄せしめよ編集 | 削除

と、遠野物語で柳田國男が叫んでから百年の歳月が過ぎた。
明治という脱日本の近代化は先の敗戦もものともせず突き進み、ようやくその限界を万人が心底から恐れる時が来た。明治という「開国」の時代日本の頭脳は外国に学び一刻も早く並ぶべく邁進してきた。その時「この書を外国にある人々に呈す」として国内に残った柳田が著した遠野物語。今や山村の中にも異文化はシッカリと浸透し誰もが「外国にある人々」となってしまった。私自身の心に進入してきた異文化を掘り起こして、社会について、共同体について、そして人間の生き様について考えてみる為に「遠野物語」を読み始める。数年かけて今後の100年を見てみたい。赤坂憲雄(県博物館長)の講義は昨日は6行しか進まない程だがそれでもはしょってるという。

# by kimizudo | 2010-05-07 17:59 

今も時代の迷信が跋扈している

 65年前、大新聞は大本営発表を伝導し国威を発揚する事が国益だった、そして軍国少年は疑問もなく励んだ。
マスコミは大いに『国益」に寄与した。しかしその時代の形とさして変わらずマスメディアと聴衆は今も歩んでいる。国民は簡単に煽動されるという仕組みから少しも脱却して無い。そのことは小泉郵政選挙で認証済み。今にして思えばは65年前「転進」という活字から「敗退」を読み取る力を持たねばならなかった。新聞などは2週間遅れて読めば冷静に行間から事実を読み取れるかもしれない。物事には両面があり、大きな時代の曲がり角であればあるほど、煽動する風も強いのでのんびりみるのも必要と思う。
そこで見えてくるものは。

1、地球温暖化防止のためCO2を削減せよ。

  これは、一面であると考えてみよう。
100年の単位では温暖化してるが、1000年以上の単位では寒冷化に向かってる。温暖化より寒冷化のほうが生物生存は厳しい。1万年前の縄文時代は温暖で縄文海進があった。気候変化は単純ではなく、温暖化の主犯はCO2ではなく、水蒸気が大きい。温暖化の結果CO2が増えて温暖化が進む.
  これらの主張は現在マスメディアでは報道されないし、学会でも干されている。 

2、巨悪ほど懲らしめるという時代がかったトリック。

  今の時代本当の巨悪は、末端に細かく分散して広く薄く分布している。それらを集積してみれば数十兆円にのぼることを知る。こちらの方が狡猾で殆んどの人がなにがしかのおこぼれに預かっている。大衆は大きな被害者であり小さな加害者である。真の巨悪とは自分の心のなかに進入して占拠するものだ。これらを懲罰できるのは一人ひとりでしかない。それを覆い隠す為に3年~10年ごとに舞台俳優として大物は推薦される。浅はかな劇を見てる間に自宅には他人が忍び込む。

3、 世界同時多発テロの虚構。9.11がテロとの戦いの始まりだがその実態は
   自作自演ではないか。

貿易センタービルが飛行機の衝突によって粉々なったり、ペンタゴンに飛び込んだ飛行機の残骸もなく、その飛行機より穴が小さいのは不思議だ。これはイラク戦争の口実となり。大量破壊兵器も存在しなかった。


これ以外にもつくられた舞台で観衆は興奮しているがやがてこれらの問題は早晩年数が経て解明される。

# by kimizudo | 2010-02-28 08:37 | 時事雑感 

腐敗の象徴

国民(未だ生まれない子孫も含めて)が税金を納める税金が使われている。1兆円もの赤字を出したJALの再建に税金を注ぎ込む。こんな不正義を通さざるを得ない国の仕組みが直されなければ誰も真面目に払いたくなる。これ程の経営責任が問われないで何処に自己責任等という言葉があるだろう。JALはこの国の腐敗の象徴だ。会長も被害者であるだろう。航空局、航空族の利権、就職、組合。皆寄ってたかって喰いたかった。
国策会社であるが故に企業としての体をなしえないほど腐敗したわけだがその故にまた再建しなくてはならない。税金を注ぎ込む。この集合体としての不正義構成員を処罰する法律は無い。よって誰も東京地検に呼ばれることは無い。
相続税をちょろまかしたり、ダムの工事費を還元したりしてはいけないが、皆で1000倍の金額を何万人で分けてしまえば雲散霧消の無罪である。

# by kimizudo | 2010-01-21 19:16 | 時事雑感 

田舎暮らしの 住まいつくり

自然を求めて里山に家を造ることについて    04,9,2


都会の喧騒とした非生物的な空間を離れて、水や空気のきれいな田舎でゆっ
くりと静かな生活を送りたいと思うことは、今も昔も自然な一つの流れ
でしょう。
しかし今日環境問題がこの行為の持つ意味をかって無く重くしつつあるなかでは、己の行おうとする行為が及ぼす周囲への影響について思いを致す必

要があるとおもいます。それにはまず、

1.何故自分は自然の中に、安らぎを感じ生活したいと思うにいたったのかについて、少しく振り返ってほしい。

自分や家族の今までのライフスタイル、価値観、ひいては日本人、人類の歩んできた過程を。自然や環境と自分との関係について。(参考1)
そして
2.科学技術に支えられた文明生活が頂点に達し、環境問題や生活習慣病、子供の育ちの不全を引き起こし、このことが今日差し迫った課題であること

は、だれしも認めることでしょう。しかし社会的にも個人的にも悩ましい問題であり、先送りしたつもりで目をそらし改善の方向に歩み出せなでいるこ

とは、日常の多忙感にかまけている自分にとって最も重要なことを放棄し実は最大の損失を招いているとも言えるのです。

それに加えて今個人が為しえる最大の環境破壊を起こしかねないことなのです。
地表をけずって人工物を造作することは。そして使用する材料の由縁を考慮しなければ。

つまり苦労して住まいを得て、そのあげく体調を崩すなどあってはならないのです。

折角夢の実現に向かって意気上がっているときに一見水を差すようですがこの検討を加えることにより、より一層自然と調和した住まいが出来、後悔ではなく一段と深い感慨に到達してほしいのです。


住まいつくりの決断は、設計士でもなく、大工さんでもなく、ハウスメーカーでもなく、自分自身がしたことですから、最終責任は自分にあるのです。

 家を造ると言うことは、人生の中で大きな仕事ではあっても、決して最終目標ではありません。自分がどのようなライフスタイルをつくっていくかの一つ

の手立てとしての意味であり、そこに自分の住まいつくりとしての自己責任が生じるわけです。

そして、自らの住まいを得るという結果は、自分がどの程度そのプロセスに関わったかに関係なく裸の自分がそこに見られることに加え意識下の内面さえも対象化されて具現化してしまうのです。決して設計士や大工さんに任せたのだからと責任を転嫁できないのです。

住まいつくりは、ひとつの過程です。自分のライフスタイルを創りあげていくことのなかでの大きな一助です。そして、時間をかけて住まいをつくり上げていくと言う過程の中に自分のやりたいことが組み込まれ、生活全般が見直され相乗的に相互に充実してくるのです。
どういうライフスタイルを作り上げていくか方向が見えないうちは、当然のこと住まいはつくれない。設計しようにも生活スタイルが見えないことには間取りも中途半端になってしまう

 土間が欲しいーーー土間で何するの。外断熱にして欲しいーーー木造戸建で?
自分がやりたいことがハッキリすればするほど設計がスッキリする。
ハッキリしなければ誰にでもあうそこそこの一般的なモデルハウスになってしまう。

農家の間取りが似かよって在るのは、生活の積み重ねの結果のはっきりした意思が形になったのであり、モデルハウスとは、似て非なるものです。

家を造るということは、自分の生活全体を、見つめ直すことであり、自分と自然との関わり、自分と家族、人との関わりの豊かさを作り上げていくことにも通じることなのです。

ここでデザインの原則を確認しておきましょう。

① 相互関連性   つながりのある配置、  一つ一つの構成要素(家、池、道路など)を相互に助け合うような位置関係に置くこと。
② 多機能性   システム内の一つの構成要素が、一つの機能でなく多くの機能を営むようにする。
③複数要素支援 重要な機能は、二つ以上の構成要素によって支えられること。
④高率的エネルギープラン ゾーニング、カスケード、重力の利用
⑤生物資源の利用  小さな物質循環 持続可能性
⑥エネルギー循環    系内の汚染物 システム内のエネルギー回収利用
⑦小規模集約システム  植物の重層 高木、中木、低木、下草→集約シス    
           テム
           時間の重層 先駆植物から極相までの植物を1時に植える。
⑧自然遷移の活用と加速  1年草だけを植える現代農業から生産性の高い                      
               極相的農
⑨接縁効果     edgeはシステム内の最も多様な地域
⑩多様性      複雑であればあるほど安定する。バックアップ機能。

     肝心なことは、総ての物事には両面があるということ。パーマカルチャーデザインは、エネルギー集約的でも資本集約的でもなく、情報と想像力集約的である。(以上詳細はPC10の原則参照)。


1.先ずはアプローチの検討。(その土地にどの方向から迎えてもらうか。
聴いて従う。)

あなたが田舎の土地を購入したとしたら、その土地は自分の所有物でありほじくったり地表をコンクリートで塞いだり、どんな建物を建てようと全く自分の自由だと思ってませんか?大いなる勘違いでしょう。

 かって、アメリカ大統領がインディアンの酋長シアトルに、土地を買いたいと申し出たときの、シアトルの回答が残っている。「大統領は不思議なことを申し込んだ。一体空気を所有する事が出来ないように土地も所有など出来るものではない我々は使わせてもらっているだけだ。云々」
                       (参考)
   土地 表土は、太古の昔から遙かな未来にわたって地球の表面で自然物、あらゆる命を育んできた、大切なものです。林の中を歩いたとすると片足の底には、  の虫や微生物が生活しているのです。地表は生態系の重要な部位です。

特に林や草木に覆われた大地は、水の循環の一翼を担っている。
つまりその土地は、呼吸しており生きているのです。そこにあなたがお金を払ったからと言う人間社会の内部ルールをもって、勝手なことをすることなど出来るものでしょうか。しかも自然と調和した生活を目指す貴方ならなおのこと。
  それではどうしたらよいか。
 私はこの土地が気に入りました、出来るだけ迷惑をかけないように致しますから使わせて頂きたいのです。と言う心構えをいたしましょう。  耳を澄まして観てください。雲を、星を、月を、風を、雨を、山並みを。
目を凝らして聴いてください。足下の草の、木の、土の、水、石の声を。
そしてそのささやく声を肌で感じてください。

聴いて従うと言う態度が認められれば土地が貴方を受け入れてくれます。
そうすると、土地の方から心地よい風が迎えにきて入り口を教えてくれるでしょう。そこが貴方の進入路なのです。

この進入路がまづ第一に検討すべきことで全体計画、ゾーン分け、屋外設計、の後間取り取りとかはその後の検討になります。


2 建物の規模及び外観について。
次に検討すべきことは外との関係で建物の規模及び外観です。

建坪(表土を塞ぐ負荷面積。生態系の連鎖が代替修復可能な面積。)は、敷地面積の半分は超えないようにする。
住宅の規模は、必要最小限が好ましく、床面積がさらに必要な場合は2階も考慮して良い。2人で生活するとすれば、20坪(10坪+5坪×人数)で充分です。これがベースとなり家族のライフサイクル、来客、催事にも考慮する必要があるが、要は多機能的に使うことにより、トータルとして最大の恵みを受けられることが良いことでしょう。
・ヒューマンスケールで風土に馴染み風景にとけ込める外観(規模。形。色。材質)。
・つつましさを感じる存在感。違和感のない昔からそこにあったかと思える外観。
緑の中を歩いてきた来訪者(人、動物)が、ドキッとするような風景は避けたい。

3、
そして、敷地全体の大まかなデザインをします。 ゾーン分け。
住宅  憩いの場  作業場
        野菜
        家禽
        果樹
ここで留意すべきことは、敷地の周囲との調和です。敷地の中で住宅が調和するように、敷地のデザインが、その周囲とよく調和するデザインが心地よいことの条件です。       (参考)










3 さて建坪、間取りの検討です。

許された方向から入り、許された位置に許された大きさの建物の検討です。
例えば 温かみがあり和みが感じられることが希望とすれば
縦、横、高さのバランス。空間量。壁量と開口面積。黄金比
材料質感――木、土(土から生まれ土に還る材料、)――温かい、安心感
  プラスティック、化学塗料(理解できない素材)――冷たい、不安
1 多用途に使う。できるだけ専用の部屋は少なくする。融通無碍の大きな空間。→時間、場所的に固定性を少なく柔軟で創意工夫を生かせる。民家の知恵
       一人は、同時に2箇所を占有できない。
       時間をかけて造り上げていく。
2 二つ以上の機能をもたせる。
    土や レンガのキッチンストーブ→暖房、温水、料理、語らいの場、
     縁側の機能 内外の中間(遮断拒絶でなく、受け入れ関係性)
           お茶のみ、豆干し、ネコの陽だまり

3、自然エネルギー
エネルギーは、住宅のみで考えないで、場所性を考慮する。
太陽光の入射角  冬30度 夏78度――庇
夏の林の冷気の取り入れなど空気の流れを取り入れる。
自然のエアチューブ。

# by kimizudo | 2010-01-11 17:52 

瞬く星

空を見ることなど忙しい頃にはなかったな。寒天を見てると人間界の騒がしさがドンドン小さく見えてくる。下界のヒトも経済とか政治とか人間界の架空の約束事に翻弄されて何をしてるのか気の毒と思う。この世の生死は確かに在る。在れば展開する。朝(あした)に紅顔在りとても夕べに白骨となる。生命に魂が宿るとき生物は呼吸をして山川は唯在る自然(ジネン)。おのずからしからしむ。しからしむ?。然とは何か。古来中国では犬を食す。薪を下に並べて犬を炙る(あぶる)。薪により燃えると、自らの滴り落ちる油によりさらに燃え上がりやがて空気と土になる。形ある生命は土に還り天に還った魂はやがてまた宿るべき生命の為に天に瞬く。これが自ずからしからしむ自然の正体。


自然(シゼン)とは夏目漱石が訳した言葉であったか。彼の悩みは西洋文化の羊頭狗肉導入が東洋には禍をもたらすという予感だったとすれば100年後の今それは実現してしまった

# by kimizudo | 2009-12-24 06:59 

風車の現実

経済産業大臣に要望書提出します。
風の吹くまま気の向くまま発電したり止まったりでは、ベース発電にも予備発電にも出来ず調節の使用がありませんので結局他の発電設備を用意しなければなりません。(バッテリー&太陽光発電組み合わせの小規模家庭用なら有効かもしれませんが。)。100m級の超大型プロペラは税金の無駄使いとしては有効です。

増子輝彦副大臣(参議院福島県選出)に手渡しします。


要望書

経済産業大臣 直嶋正行様

■風力発電施設への補助金交付制度の抜本的な見直しを要望いたします

 ここ数年、日本各地に大型風力発電施設が次々に建設されるようになり、それ
に伴い、深刻な自然破壊、騒音・低周波音等が原因と思われる近隣住民への健康
被害が報告されています。
 定格出力が2000kwを超えるような大型風力発電施設建設は、世界的に見ても、
ごく最近始まったものであり、ましてや日本においては、法規制が事実上ないに
等しい状態です。
 その一方で、「環境に優しいクリーンなエネルギー」「地球温暖化対策に不可
欠」といった理由で、補助金制度や、発電した電力の高額買い取り義務などの法
制化を先行させたため、事業者は「発電実績は二の次で、建ててしまえば勝ち」
という姿勢で、各地に強引な手法で建設を進めています。その結果、風力発電施
設が原因と思われる被害を受けても、住民は事業者にも行政にも見捨てられ、途
方に暮れているのが現状です。
 風力発電は「CO2削減」という名目で国策として推進されていますが、実際に
は無風状態では発電せず、いつどれだけ発電できるか、人知でコントロールする
ことがまったくできないという致命的な欠点をもっているため、電力の安定供給
を維持するためには、火力発電など、他のバックアップ電源が不可欠です。とい
うよりも、風力発電を主軸に電力供給をすることはできません。このことは欧米
の専門家たちも繰り返し指摘してきており、「風力発電を増やせば、実際にはそ
れに起因する出力変動を補うための火力発電所を増やす必要があり、資源浪費に
つながる」という主張を展開するメディアも、ヨーロッパを中心に複数存在しま
す。
 風力発電施設建設に関して、以下の大きな問題が存在しているにもかかわらず、
建設にあたっての法律、条令などの制限がないことが無秩序な建設につながって
います。風力発電のガイドラインを明確にし、早急に法的整備をしてください。
 
 1. 風力発電施設建設による地形の破壊、森林の喪失
 
 風力発電施設建設に際し、送電塔の建設、道路の拡幅、資材置場や掘り出した
残土の捨て場などのために、貴重な森林の大規模な伐採が行われ、その結果、土
砂崩れ、土壌の流出、飲料水や海水の汚染などの深刻な環境破壊が始まっていま
す。
 近隣住民のみならず地域全体の住民への被害、多様な生物への悪影響、景観の
破壊による観光への悪影響などが想定されますが、風力発電施設は環境影響評価
法(アセス法)の対象事業になっておらず、そのため、環境への影響を適切に測
ることなく建設された風力発電施設が多くあり、被害が多数報告されています。
 
 2. 巨大風車の回転による近隣住民への精神・肉体両面への深刻な影響
 
 巨大風車からは低周波・超低周波音が発生し、近隣住民に健康被害をもたらし
ています。現実に、巨大風車周辺住民には、抑鬱、無気力、極度の不眠、頭痛、
血圧上昇、嘔吐、耳鳴りなど、様々な健康被害が発生していて、事故などで風車
が止まれば症状も緩和、あるいは消えるということが分かっているにも関わらず、
「(風車との)因果関係が証明できない」「騒音公害の基準値以下の測定値であ
る」などという理由で、被害住民の訴えは完全に切り捨てられています。
 その他、風車の回転するブレードが作り出す影、夜間の航空標識灯のストロボ
現象による不快感、圧迫感は、実際その現場を見ない者には想像を絶するストレ
ス源となっています。 救済策がない状態のまま、人家のそばに巨大風車群の建
設を許すどころか、補助金をつけて国が奨励している現状は、まさに国民不在の
政治と言わざるをえません。

 3. あまりに簡単に起きる事故
 
 すでに建設された風力発電施設では、現在、多くの風車が事故や故障で止まっ
ています。風速60メートルの風にも耐えるといわれている風車のブレードが、実
際には風速20メートル程度でも簡単に折れたり脱落したりしているのです。中に
は、無風にもかかわらず、風車が根元から倒壊するというお粗末な事故さえ起き
ています(青森県東通村)。
 風車の耐用年数は15~20年とされていますが、実際には試験運転中に羽根が脱
落するなどしており、中には修理を事実上断念しているのではないかと思われる
ケースも多数あります(御前崎港町営風車、三重県ウィンドパーク美里など)。
 台風が少なく、安定した偏西風が吹くヨーロッパで設計された風車は、風が安
定せず、山地が多い日本の風土に合っていないからだとも言われますが、巨大風
車がもつ根源的な脆弱性とも考えられます。樹脂製の羽根の弱さだけでなく、絶
えず変則的な力を受ける発電機の寿命も短く、トータルで考えたときの発電効率、
コストパフォーマンスに大きな問題を抱えていると言わざるをえません。
 耐用年数を過ぎて巨大な処理困難ゴミとなった廃風車を撤去する費用をどこが
出すのかという基本的な問題さえ確認しないまま建設された施設も多数あります。
最後に責任をとるのは誰なのでしょうか。
 
 4. 出力変動が大きすぎるという根源的弱点

 風力発電は、風が吹かなければ発電量はゼロであり、風がいつ吹くかは誰にも
予測できません。電力使用量の少ない夜間に強風が吹けば、「いらない電気」を
作り出すだけで、買電義務を負わされた電力会社は、ただでさえ余剰電力対策に
困っている夜間の出力調整に苦労させられます。いちばん電力を必要とする真夏
の日中は無風であることが多いため、風力発電がどれだけの定格出力をもってい
ようがまったく関係なく、風力からは電気が来ないために、従来通りの火力、水
力など、他の発電施設をフル稼働させるしかありません。
 出力平成21年10月7日変動の問題を解決するには巨大な蓄電施設の併設などが
理論上考えられますが、これは費用対効果の点でまったく問題外です。
 風力発電施設を増やせば増やすほど、その出力変動に備えて、既存の火力発電
所は発電と停止を繰り返す、極めて燃費の悪い運転を強いられ、結果としては資
源の浪費になります。計画発電していれば最大限の燃費で運転できる火力発電所
が、風力発電が系統につながれてしまうと、燃料を無駄遣いしなければいけなく
なるのです。
 実際に、ドイツでは風力発電施設の増加に伴い、何十箇所もの石炭火力発電所
が増設されているとの報告もあります。現在PRされている「風力発電によるCO2
削減政策」には、こうした実態が一切隠されています。
 
 5. 生物多様性へのとりかえしのつかない悪影響
 
 風車が野生生物に及ぼす影響としては、いわゆる「バードストライク」(野鳥
の衝突死)が有名で、実際に日本国内でもすでに多くの事例が確認されています。
 バードストライク以外にも、風車建設地が山地である場合は、野生生物が棲め
なくなり、里に下りてきて農作物に被害を与えたり、繁殖地を奪われて地域内で
種が絶滅するなど、計り知れない悪影響があります。国定公園地域内や、水源涵
養保安林をわざわざ解除して建設するなどの事例も数多くあり、すでに日本の山
間部は巨大風車で多大な環境破壊を受けています。
 
 
 以上、大まかにまとめましたが、上記の理由の他にも、風力発電施設の建設に
は慎重にならざるをえない要素、未知なる問題点が多数存在します。こうした深
刻な問題点を放置し、いたずらに税金を投入して推進することは、取り返しのつ
かない結果を招きます。まずは冷静に風力発電事業を見直すことが必要です。そ
のための好機とすべく、風力発電施設への補助金交付制度の抜本的な見直しを以
下のように、強く要望いたします。

一. 風力発電施設建設に対する補助金交付制度を即時凍結し、風力発電が多額
の税を投じる価値のあるものかどうか再検討してください。

二. 補助金申請が採択され現在建設中の風力発電施設について、補助金申請に
関わる手続きの不備や違法行為、近隣住民の低周波音被害、野生生物への影響、
自然破壊などの問題がないかどうかを早急に調査し、問題のあるものについては
採択決定を取り消し、審査をやり直してください。

三. すでに設置された風力発電施設について、補助金申請にかかわる手続きの
不備や違法行為、近隣住民の低周波音被害、野生生物への影響、自然破壊など問
題がないかどうか早急に調査し、問題のあるものについては、交付された補助金
の返還を命令し、風力発電施設の速やかな撤去と建設地の原状復帰を指導してく
ださい。

呼びかけ人 加藤登紀子( 嶺岡平久里の風力発電を考える会 代表 千葉県鴨
川市大山平塚乙2-732-2 電話04-7099-9011)
賛同団体・賛同者 福島県自然保護協会(福島県)嶺岡平久里の風力発電を考え
る会(千葉県)千倉の風力発電問題を考える会(千葉県)残土産廃問題ネットワ
ークちば(千葉県)きさらづ市民ネットワーク(千葉県)市原市民ネットワーク
(千葉県)袖ヶ浦市民ネットワーク代表(千葉県)反焼却市民の会 横浜(神奈
川県)逗子考える市民の会(神奈川県)熱川風車被害者の会(静岡県)風車問題
を考える住民の会(静岡県)伊豆半島くらしと環境を守る連絡会(静岡県)三筋
山風力発電を考える河津町民の会(静岡県)南豆の和(静岡県)ドンキホーテの
会(静岡県)風車からふるさとを守る婦人の会(静岡県)風車から健康と環境を
守る住民の会(静岡県)伊豆山並み景観研究会(静岡県)伊豆の自然を考える会
(静岡県)伊豆熱川風力発電連絡協議会(静岡県)風力発電を考える会(愛知県)
五並地区の環境を守る会(愛知県)M&D風力発電被害者の会(愛知県)五並女性
の会(愛知県)日本野鳥の会和歌山県支部(和歌山県)宇久・若いもんを支援す
る会(長崎県)三盛山の風力発電に反対する会(長崎県)ふるさと自然の会(長
崎県)水俣・風力発電を考える会(熊本県)たくきよしみつ(作家/ノーウインド
ファームネット・福島県)小塚勝昭(高田島農縁/檜山高原風力発電を考える会
・福島県)大塚しょうかん(建築士/木こりの家プロジェクト・福島県)池田守
(木工・福島県)浅田正文(あぶくま農業者大学校・福島県)飯田裕子(写真家
・千葉県)寺本怜子(千葉県)永六輔(放送タレント・東京都)前川真帆香(東
京都)吉田正人(東京都)竹内晶洋(自営業・東京都)吉田正人(東京都)槌田
敦(物理学者/環境経済学者・神奈川県)鶴田由紀(フリーライター・神奈川県)
小林悦子(神奈川県)鹿島佐貢子(神奈川県)今大地晴美(敦賀市議会議員・福
井県)久保哲夫(福井県)岡安純子(長野県)川上昭一郎(静岡県)小沢祐子
(岐阜県)工藤省三・直子・櫻子(静岡県)加嶋尚美(静岡県)小針兼人(静岡
県)杉山智之(建築家・静岡県)英みどり(静岡県)横田純一(静岡県)今井弘
司(自営業・静岡県)橋本裕子(有機農家・愛知県)坂口のり子(風力発電・産
廃「お勝手口」・愛知県)沖章枝(愛知県)大羽康利(愛知県)渡辺則子(豊橋
市議会議員・愛知県)大河剛(愛知県)伊藤善規(愛知県)丸山直希(愛知県)
北河伸太良(愛知県)海住恒幸(松阪市議会議員・三重県)武田恵世(三重県)
波戸賢一(自営業・兵庫県)津野修一(和歌山県)白井修司・綾子(和歌山県)
白井信彦・久美子・文代(和歌山県)白井孝志(和歌山県)武内敏雄・千寿・か
ずへ・啓和・雅志・直人(和歌山県)藤田俊児・よし子・紫恩・奏音(和歌山県)
高垣由美子(和歌山県)黒田街子(和歌山の“いのち”と“景観”を危惧する者
たちの会代表・和歌山県)永山伸一(自営業・山口県)大岩康久(愛媛県)

# by kimizudo | 2009-10-08 17:19 | 田舎暮らし 

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