木水土

小説  田舎暮らし-1   
                        
田舎暮らしとは天動説に戻る感覚の統合である。 

ここ1万年位人類は身体的構造に変化はないということは養老猛司も言っている。生命維持に必要な装置及び機能が1万年前と基本的に同じということとするとこれは大変な事でもある。トンボやミミズではなく人類、特に都市生活者にとって、1万年前の生活環境とはあまりにも違いすぎる。なのになんとか成り立ってるように見えるのは環境順応性が優れてるからなどではい。脳が常に新しいソフトをインストールしてきただけの話だ。つまり身体は1万年前、脳は現在。このミスマッチングが現代人の悩みの元である。時速300kmで走る新幹線を理解できる身体的能力は備わってない。ひたすら数学的に工学的に頭脳で納得するしかないのである。しかもそんなことは当たり前で特に問題はないという大前提で、社会も政治も経済も成り立っている。つまり地動説は真実であることを教えられているのと同じ事である。人間を含むあらゆる生物は天動説で成り立っている。少なくとも宇宙飛行士を除けばそれで何の支障もない。逆に地球が太陽の周りを秒速30kmでぶっ飛んでるなどは考えないほうがいい。
 人間のハードセンサーとしては触覚、味覚、臭覚、聴覚、視覚及び第六感が設備されてるが現代生活ではそのバランスが著しく偏重している。実はそのバランスの上に成り立ってる共通感覚というものがある。時間や心、意識の統合である。筋肉や、内臓はその単一機能だけではなく共通感覚をも担っている。
若し一つだけ失うとしたら視覚であることは、ヘレンケラーの言葉からも想像がつく。触角など失ったら生きていけないだろう。それは生物として獲得してきた能力の順番によるように思われる。ところがである。現代の生活世界では視覚が架空の世界構築に大きく寄与している。最後に獲得したセンサーである視覚はもともと、光(明暗)、色のセンサーである。形(距離)は触覚の役割であろう。バーチャルの世界はこの最も未完成のつまり錯覚されやすいセンサーを通じて脳に入ってくる。TVもネットも視覚という一番若い門番を説得して入場してくる。(その点イヌネコのほうがしっかりしている)
 この1万年前の身体と現代の人工物で溢れている脳とのバランスを取り戻す為に無意識的に人は自然にあこがれ、さらに素直な人は田舎に暮らすことをその潜在的要求としてもつようになってくるのである。と森の住人コロボックルは私に語った。
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by kimizudo | 2009-01-16 18:53 | 田舎暮らし  

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